2025年9月公開予定の映画『遠い山なみの光』。原作は、ノーベル文学賞作家カズオ・イシグロ氏のデビュー小説で、戦後の長崎とイギリスを舞台に、ひとりの女性の記憶と人生をたどる繊細な物語です。今回は、印象的なシーン別にロケ地をご紹介しつつ、主演の広瀬すずさんをはじめとするキャストたちの舞台裏エピソードもお届けします。
簡単なあらすじ
映画『遠い山なみの光』は、記憶と嘘、家族の秘密に迫る深遠な物語です。ロンドンで作家志望のニキ(カミラ・アイコ)は、異父姉がなくなってから疎遠になっていた、母・悦子(吉田羊/若き頃:広瀬すず)の思い出が詰まった実家へと足を運びます。そこでニキは、母が長崎で出会った佐知子(二階堂ふみ)とその娘・万里子との過去にまつわる衝撃的なエピソードを聞かされ、家族の謎が少しずつ明らかになっていきます。
1950年代の戦後間もない長崎と、1980年代の英国という二つの時代背景が巧みに交差し、物語の舞台がどちらも人々の心に刻まれた記憶や失われた時間を象徴します。作家を目指すニキが母の過去を探る過程で、彼女自身の心の葛藤や家族に対する理解が深まっていきます。物語の中で明かされる“記憶”と“嘘”、そして家族それぞれが抱える秘密には、観る者を引き込む力があります。
本作は、ノスタルジックでありながらも切なく、重厚なテーマに挑む作品です。観客は、登場人物たちの過去と向き合いながら、失われた時間や人々との絆について考えさせられることでしょう。上映時間123分の間に描かれる緻密なドラマと、見逃せない瞬間の数々は、映画を観る前から心を動かすこと間違いなしです。日本、イギリス、ポーランドの合作ならではの美しい映像と音楽が、物語の深みをより一層引き立てています。
長崎ロケでの制作裏話|“手触り”を追求した撮影の舞台裏
監督・石川慶のこだわり:「長崎の“手触り”を映像に」
石川慶監督は長崎での撮影を非常に重視しており、以下のような思いを語っています:
「長崎は坂道が多く、入り組んだ港町の“手触り”がある。城山や原作者カズオ・イシグロさんの生家の近くも歩いてみたが、そこには原作に描かれた空気が確かにあった」
さらに当時の長崎は「復興が進み、駅周辺には洋裁店やキャバレーが賑わい、人々が音楽を楽しんでいた」と振り返り、戦後の「生きている」生活感を描きたかったと述べています 。
実際のロケと美術セットの融合
- ロケ地撮影の限界:長崎の街並みは時代とともに変化しており、現地での撮影だけでは再現が難しかったため、多くの街並みはCGによる改修やセット再現が行われました 。
- 印旛沼のセット:千葉・印旛沼近くには、昭和時代の長崎を再現したレトロなセットが設置され、浜屋百貨店の看板や赤レンガ調の壁、昭和の雑多な生活感を再現する路地裏など、細部にまでこだわった空間が作られました 。
- 撮影時の温度:地元住民がセットを見学にやってくるほどリアルな雰囲気を醸し出し、広瀬すずさんらキャストも「役に入りやすかった」と語るほどでした。
印象的な長崎ロケ地 〜シーンと場所のリンク〜
稲佐山(長崎市)

©ぱくたそ
シーン解説
映画では、母・悦子が見下ろす稲佐山からの眺望が、郷愁と孤独を象徴するように描かれています。ロープウェイで登るシーンもあり、記憶と現実を繋ぐ重要な舞台です。
訪問ポイント
- 所在地:長崎県長崎市大浜町364 稲佐山公園
- アクセス:長崎駅前からバス→「ロープウェイ前」下車、徒歩2分 ● ロープウェイで山頂へ
- 制作裏話:「ケーブルカー」の愛称で登場する稲佐山ロープウェイは、母と娘の観る風景に象徴的な意味を与えています。
市電が交差する操車場・長崎の街並み

©ぱくたそ
シーン解説
戦後期の長崎らしい街の風景—市電、自転車、生活音…—を通して、悦子が過ごした時代の匂いが伝わるシーンです。細い路地や坂道など、風景そのものが感情を語ります。
南山手エリア(オランダ坂〜グラバー園)

©Photo AC
シーン解説
洋風建築が並ぶ南山手の風景は、悦子と佐知子が語らう場面で使用されました。夕暮れ時の柔らかい光の中での撮影は、二人の関係性を象徴するシーンとしても印象的です。
平和公園の“白い巨像”(平和祈念像)

©パブリックドメインQ
シーン解説
戦後の長崎、記憶と記録が交錯する場所。原作にも登場する「白い巨像」が、映画においても記憶の重みとともに登場しています。
ロケ地の住所・アクセスまとめ
スポット | 所在地 | 最寄アクセス |
---|---|---|
稲佐山 | 長崎市大浜町364 | 長崎駅前バス→「ロープウェイ前」→山頂へロープウェイ |
市街地の操車場・坂道 | 長崎市内各所 | 長崎市電や徒歩で散策可能 |
南山手エリア | 長崎市南山手町 | 路面電車・バスでアクセス良好 |
平和公園 | 長崎市平和町 | 路面電車・バスでアクセス良好 |
監督・制作陣のコメント(抜粋)
石川慶監督:「長崎とイギリス、どちらの街並みにも“記憶”の重なりを持たせたかった。原作の静謐な語り口を大切にしたいと思った」
ロケ地選定チーム:「長崎では観光地ではなく“生活のにおいが残る”場所を意識して選びました。特に南山手の撮影は、夕方の自然光を活かすタイミングが難しく、数日間待機したことも」
キャストの舞台裏エピソード&コメント
広瀬すず(主人公・悦子役)
「言葉がすっと出てこない…だんだん紐が緩んでいく感じ…急にキュッと絞られる」──完成披露試写会でのこの発言からも、本作が感情に訴える深い作品であることがわかります。
また、「10年前のカンヌは“海外に行ける!”というテンションだった。今思うとあの時の自分を殴ってやりたいくらい贅沢な経験」と、成長を感じさせるコメントも印象的です。
松下洸平(緒方二郎役)
この素晴らしい作品の一部になれたことに感謝しています。一度見ただけでは読み取りきれない複雑な人間模様を、何度でも映画館でご覧いただきたいです。
二階堂ふみ(佐知子役)
「当時の女性たちが何を抱えて生きていたのか、演じる中で当事者意識を強く感じた」と語る彼女の演技は、重層的な人間描写に深みを加えています。
吉田羊(1980年代の悦子役)
イギリスでの撮影は「英語の環境に身を置いたことで、自分の中にある“通じなさ”を役と重ねることができた。とても幸せな撮影時間だった」と振り返っています。
また、英語セリフが多かったことについても「余計なことを考えず役に集中できた」と語り、役者としての挑戦にも手応えを感じていた様子です。
■ まとめ:ロケ地も、キャストの想いも“心に残る映画”に
『遠い山なみの光』は、静かに心を揺さぶる物語。その魅力を支えるのが、丁寧に選ばれたロケ地と、そこに息づく空気感です。そして何より、広瀬すずさんをはじめとする俳優陣の真摯な想いが、作品に命を吹き込んでいます。
観る前にこの記事を読んでおくことで、映像の背景にある“意味”や“意図”がより深く伝わってくるはずです。ぜひ、劇場でこの美しい世界を体感してみてください。
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